開発に当たって、上島らは単なる「コーヒー」ではなく、「ミルク入りコーヒー」であることにこだわった。1960年代、一般家庭において乳飲料は高級品であり、健康に寄与するというイメージが浸透していたからだ。同時に、甘み成分にも気を遣った。自然の甘みを重視した結果、当時普及していたサッカリンやチクロといった人工甘味料ではなく、砂糖を選んだ。
ところが、開発を進めてすぐに問題が持ち上がった。コーヒーの抽出液とミルクを溶かして缶に入れても、缶の上部にミルクが浮いてしまい、うまく溶け合わないのである。この問題はミルク製造業者と一緒になって研究を重ね、ミルクの粒子を均質化する技術を導入して解決した。次に直面したのは、殺菌処理による味の変化だった。UCCが作ろうとしている缶コーヒーは、商品分類上は乳固形分を3%以上含む「乳飲料」にあたる。長期保存するためには、低温殺菌ではなく高温処理する必要があった。ところが、どうやっても加熱臭が付いてコーヒーの風味が悪くなってしまう。開発陣は失敗したコーヒーを飲み続けながら、加熱後に美味しく感じる最適な成分比率を探り続けた。その結果、ミルク及び砂糖:コーヒーのベストな比率がほぼ7:3であることを発見。味の問題はこれで解決した。
最後に待ち受けていた難題が、コーヒーと缶の間で起こる化学反応だった。従来の缶メッキ技術では、溶接部分に使うハンダや金属缶から鉄イオンが溶出し、コーヒーの成分のひとつであるタンニンと結合してしまう。その結果、コーヒーが真っ黒になってしまったのである。これを見て、さすがの上島も「ブラックコーヒーを作れとは言うてないで」と苦笑するしかなかったという。
化学反応を避けるためには、缶の内側に特殊なコーティングを施すしかない。開発陣は製缶技術の専門家に指示を仰ぎながら、来る日も来る日も実験を繰り返した。工場裏には大型トラック数台分の試作用缶コーヒーの空き缶が潰され、山積みにされていった。